2016年12月21日水曜日

『バシュラール━科学と詩』序⑧

コントに代表される<概念の哲学>の流れは、フランスアカデミズムでは主流ではありませんでした。アカデミズムを支配していたのは<意識の哲学>のほうでした。

優れた政治家として活躍したメーヌ・ド・ビランは、個人的生活のなかで多くの哲学的思索を残しました。それがクーザンなどの講壇哲学者に発掘され、19世紀の〈意識の哲学〉の主要な源泉になります。

その流れで、科学や論理や合理性ではなく、人間の努力、注意、意思、習慣、自由、目的性、霊性などが問題になりました。クーザンは、哲学史的には折衷主義と呼ばれて現在ではほとんど評価されていませんが、フランスアカデミズムに<意識の哲学>の唯心論的伝統を根づかせるのに大きく貢献しました。

世紀の変わり目に世界的な影響を与えたアンリ=ルイ・ベルクソン(Henri-Louis Bergson、1859-1941)=写真=の哲学は、生理学や生物学への該博な知識に裏付けられていたものの、主張の本質は、意識の物質からの独立や自由を歌う〈意識の哲学〉に与するものとみられます。


〈意識の哲学〉は、20世紀に現象学や解釈学が成立するに及んで、それらの潮流と重なり合いながら、20世紀中盤の実存主義の興隆にまでつながっていきます。

<概念の哲学>のほうは、極端な唯物論的主張が自壊を起こしてその勢いを失っていたものの、実存主義の反動で1950年代後半から構造主義が姿を現し、60年代に流行します。

この構造主義が「その最も重要な思想的起源をなかば瀕死の状態にあった〈概念の哲学〉から汲み取るものだ」ったと、金森は指摘します。

構造主義に対するさらなる反動が、ポスト構造主義として、70年代から80年代の思想界をにぎわせます。思想傾向の大枠としては、再び実存主義的なもの、すなわち〈意識の哲学〉のほうへと接近しているわけです。

フランス思想、さらには現代思想は、〈意識の哲学〉と〈概念の哲学〉の二項対立で、概略的に押さえることが可能になることになります。

〈概念の哲学〉と密着しながら、それに科学史的知見を加えた、エピステモロジーあるいは科学認識論と呼ばれる科学哲学的な伝統がフランスにはあります。

金森はバシュラールについて「エピステモロジーの20世紀前半における代表的論客」とし、「〈概念の哲学〉がむしろ弱体化した時期に、彼はエピステモロジーという特殊性をにないながらも最も力強く〈概念の哲学〉の伝統を守ろうとし」た、と位置づけています。

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